米津玄師 Flamingo

邦楽

【米津玄師/Flamingo】歌詞の意味考察!江戸の情けない男の歌?

2020年6月26日

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疑問に思う人

米津玄師の『Flamingo』かっこいい!この曲に隠されたメッセージをもっと知りたい!

そう思ったあなた!
この記事を読めばこの詩の魅力がさらにわかります!

オラ!アジャノです!
普段は音楽の記事を書いています。

今回は米津玄師『STRAY SHEEP』徹底解説第3弾!
その特徴的な歌い方が魅力な「Flamingo」に込められたメッセージを徹底解説&考察します!

歌は様々な解釈があった方が素敵なので、個人の解釈として参考までにお願いします!

米津玄師『Flamingo』が収録されたアルバム【STRAY SHEEP】はこちら!

【米津玄師/Flamingo】歌詞の意味考察!江戸の情けない男の歌?

今回も彼のインタビューを参考にしていきます。
米津玄師「Flamingo / TEENAGE RIOT」インタビュー

フラミンゴは、幸福のシンボルとも言われていますが、タイトルから想像する曲調のものとは程遠いですよね。

そして、彼の作詞能力が爆発した歌です。
文学と言っても差し支えないほどの語彙力を発揮しています。

この歌詞は舞台は江戸時代
花魁に本気で恋した情けない男の話だと思います。
花魁とは遊郭で働く位の高い遊女のことで、いたるところにそれを連想する言葉が散りばめられています。

彼はみっともなさを1曲にぎゅっとまとめたと言っていました。
それでは詳しく解説していきます!

Flamingo 1番

宵闇に 爪弾き
悲しみに雨曝し 花曇り
枯れた街 にべもなし
侘しげに鼻垂らし へらへらり

Flamingo/米津玄師

解説:いきなり難しい言葉が連発しますが、ちょっと我慢して読んでほしいです!まずは1つ1つの意味を簡単に説明します。

宵闇は中秋の季語で、月の出が遅い時期のことを指します。

爪弾きは軽蔑・非難をすることです。

雨曝しは覆いをしないで、雨に濡れるままにほうっておくことです。

花曇りは桜の花が咲く時期の曇った天気のことですが、花魁との関係をかけているようにも思います。

にべもないはそっけがないことです。

侘しいはやりきれなく辛いことです。

つまり、ここでは
『夕暮れに遊郭に通うが周りには軽蔑される。
そして肝心の恋している遊女にも良い態度をとられず、悲しみに暮れる。
この街は活気がなく、人も愛想がないと嘆く。
あたしはやりきれなく情けない状態でフラフラしている。』

鼻垂らしと言っているところから主人公の情けない様子が表現されています。
ちなみに一人称は「あたし」と言っていますが男の人です。

笑えないこのチンケな泥試合
唐紅の髪飾り あらましき恋敵
触りたいベルベットのまなじりに
薄ら寒い笑みに

Flamingo/米津玄師

解説:「唐紅の髪飾り
ここで彼女の描写が登場します。
あらましいとは荒く激しいこと。
ベルベットは柔らかい。そしてまなじりは目尻のことですね。

つまり、ここでは
『あたしは他のガラの悪い客と格好悪く彼女の取り合いをしている。
それに比べ彼女は華やかで息を飲むほど美しい
少し冷たさを感じるような笑顔を浮かべるその柔らかい目尻に触れたい。』

遊郭の女の人なので、もちろん他にもお客さんがいます。
そして往々にして他の客も同じ花魁に本気で恋をしていることがあるでしょう。
それを恋敵と言っています。

あなたフラミンゴ
鮮やかなフラミンゴ 踊るまま
ふらふら笑ってもう帰らない
寂しさと嫉妬ばっか残して
毎度あり 次はもっと大事にして

Flamingo/米津玄師

解説彼女の踊る様子は幸せを振りまいているかのように優雅で美しい

「もう帰りたくない、ここにずっといたい」
そう願っても営業時間が終わると帰らなければいけない。

「毎度あり」
そう言っていつも帰らされる。
残るのは自分が構ってもらえない寂しさや他の客に構っている嫉妬ばかり
次はもっと「あたし」に構ってね。

そう言っているのではないでしょうか?
「毎度あり」と言っていることから向こうはあくまで商売なのでしょう。

Flamingo 2番~大サビ

御目通り 有難し
闇雲に舞い上がり上滑り
虚仮威し 口遊み
狼狽に軽はずみ 阿呆晒し

Flamingo/米津玄師

解説:またまた難しい言葉が登場するのでまず簡単に説明します。
御目通りは、貴人のお目にかかること。

虚仮威しは、見せかけは立派でも中身のないことです。

口遊みは詩などを思いつくままに軽く声に出すことです。

つまり、ここでは
『彼女のお目にかかって嬉しい。
むやみに舞い上がっていたから「あたし」が軽々しい奴だと思われているかも。
格好つけて詩をさりげなく披露してみた
でも慌てて失敗しあほを晒して恥をかいた』

花魁は江戸時代なので和歌を詠む習慣が残っていました。
しかし、「あたし」は見せかけだけで中身が無い人なのでヘマをしてしまったのです。

愛しいその声だけ聴いていたい
半端に稼いだ泡銭 タカリ出す昼鳶
下らないこのステージで光るのは
あなただけでもいい

Flamingo/米津玄師

解説泡銭は、労せずして不当に得たお金のことです。
昼鳶は、人家に昼間しのび入り、物をとって逃げる盗人です。

つまり、ここでは
『あなたの声を聞いていたい。
ここに集っている客は盗人ばかり。盗んだ物を売ったお金で来ているんだ。
こんなところで踊るのはあなただけでいい。』

先程も述べたとおり、花魁は遊女の中でも位の高いのでかなりのお金がかかります

主人公自身が盗人なのかは明らかではありませんが、おそらく少なくとも同じようなことはしているのでしょう。

自分のことは棚に上げて他の客や他の遊女の悪口を言っているように聞こえます。

それはフラミンゴ
恐ろしやフラミンゴ はにかんだ
ふわふわ浮かんでもうさいなら
そりゃないね もっとちゃんと話そうぜ
畜生め 吐いた唾も飲まないで

Flamingo/米津玄師

解説:彼女はサッと現れてサッといなくなるような魅力を持つ魔性の女なのではないでしょうか?

いつも気付いたらいなくなってしまうので
「そりゃないね もっとちゃんと話そうぜ」と言います。

吐いた唾は飲めぬとは一度口から出した言葉は取り消せないということです。

つまり自分を相手にしようとしない彼女に「畜生め」と強い罵りを浴びせてしまったが、もうその言葉は取り消せず、さらに嫌われてしまったということです。

氷雨に打たれて鼻垂らし
あたしは右手にねこじゃらし
今日日この程度じゃ騙せない
間で彷徨う常しえに

Flamingo/米津玄師

解説:・氷雨は晩秋の冷たい雨のことです。
常しえは、永遠ということです。

つまりここでは
『冷たい雨に打たれて鼻垂らしているみっともないあたし。
ねこじゃらしのように彼女を物で釣ろうとしたが、これくらいじゃ騙せない。
ずっとこの関係を抜け出せない』

ここでの間は「花魁と客」という関係です。

花魁と客の関係を抜け出すには「身請け」という制度があり、大金を払って花魁の仕事を辞めさせて愛人にするということができるのですが、それは大金持ちしかできません。
つまり、泡銭を稼いでいる「あたし」にはできません。

そこで次の詩です。

地獄の閻魔に申しいり
あの子を見受けておくんなまし
酔いどれ張り子の物語
やったれ死ぬまで猿芝居

Flamingo/米津玄師

解説:・おくんなましは「してください」

酔いどれは、ひどく酔った様子で、張り子は「張り子の虎」というように見かけは立派でも中身が伴わない例えです。

猿芝居とは浅はかなたくらみです。

つまり、ここでは
『地獄の閻魔に彼女を身請けするようにお願いする。
これが酔いつぶれたチャランポランの男の物語だ。
死ぬまでこの薄っぺらい生き方を続けてやる』

「見受け」ですが先ほど解説した「身請け」と読めます。
地獄の閻魔様の愛人にしてもらう。

つまり、自分のものにできないなら、誰のものにもならず地獄に行ってほしいというサイコパスな部分ではないでしょうか・・?笑
酔いつぶれ落ちぶれてしまった様子が伝わってきますよね。

あなたフラミンゴ 鮮やかなフラミンゴ 踊るまま
ふらふら笑ってもう帰らない
嫉妬ばっか残して
毎度あり 次はもっと大事にして

Flamingo/米津玄師

解説:1番のサビと比べると「寂しさ」がなくなりました。

そのため、彼女への思いよりも他の客に対する恨みのほうが強くなってしまっているということではないでしょうか?

宵闇に爪弾き 花曇り
枯れた街 にべもなし はらへらり

Flamingo/米津玄師

解説:1番のAメロの歌詞が繰り返されます。

ここは他の女性に心変わりしたということではないでしょうか?
そしてまた同じことを繰り返すという暗示であるように思えます。

Flamingo、文学的作品

いかがでしたでしょうか?

まさに江戸時代の「みっともない」男を見事に表現した作品だと思います。
彼の文学への造詣の深さに圧倒されますよね

R&Bのような曲調に載せて日本の民謡、島唄のような味を出しこぶしをきかせた歌い方をしていますよね。

まさに和の歌なのにどこかエキゾチックさを感じられます
これまで考えられなかったような組み合わせで新しい音楽を作ったと言えると思います。

米津玄師『STRAY SHEEP』はこちらから!

今日も読んでいただきありがとうございます!

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